湯沢にはジェネリック「ニセコ」になる潜在力がある

インバウンドビジネスは不動産業界を救うか?

日本にインバウンドが戻りつつある。

私の仕事場は東京でもビジネスホテルが多く集まることでは有数のエリアだが、徐々にインバウンドらしき人々が増えてきている感じがする。

さらに、今は30数年ぶりという円安だ。日本よりも一人当たりの所得が低いアジアからでも、日本観光が楽しみやすい環境が整ってきている。

観光業界にとって、コロナによる長い強制休眠期間からの復活への期待が高まっている。

外資買収により「苗場プリンス」は復活するのか?

これに先立って、ちょっと気になるニュースがあった。

西武ホールディングスが2022年6月に「ザ・プリンスパークタワー東京」や「苗場プリンスホテル」などのシティホテルやリゾートホテル、ゴルフ場、スキー場など全国の31施設を1,471億円で売却すると発表。

これらの物件を取得したのは、シンガポール政府投資公社(GIC)という組織。GICは日本で汐留シティセンター、福岡PayPayドーム、ウェスティンホテル東京、シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルなどを取得しているという。

この中で注目できるのは、他ならぬ「苗場プリンスホテル」だ。

先日、あるテレビの情報番組にコメンテーターとして出させていただいた時に、この「苗場プリンスが外資に買われた」という話題が取り上げられた。

私が「自分は『スキーに連れていって』世代ですから、ちょっと感慨深いですね」とコメントしたら、同世代の出演者たちにえらく共感された。

35年ほど前、雑誌に掲載されたホイチョイプロダクション制作の4コマ漫画を思い出す。それは、若い広告マンが西武グループの総帥へ江戸時代のように竹の先に挟んだ「直訴状」を差し出すシーンが描かれていた。その直訴状には「12月24日の予約をお願いします」と書かれている設定だったと記憶する。

あの当時、スキーシーズンの苗場プリンスホテルは予約を取るだけでも大変だった。

5年ほど前の11月、苗場に行く機会があった。1泊した翌日の昼食を苗場プリンスのレストランで、ということになった。エントランスの車寄せに付けてみたが、何か様子がヘンだった。よく見ると、営業していなかった。

あとで知ったのだが、夏のフジロック開催期間中前後と冬場のスキーシーズン以外は休業してるとか。『私をスキーに連れていって』世代としては、かなり驚いたのを覚えている。

その苗場プリンスホテルが、バルク(一括まとめ買い)でシンガポールの政府系ファンドに買われていたのだ。ちょっとしたショックである。

しかし、モノは考えようである。

このファンドは何かの勝算があって苗場プリンスホテルに投資をしたのだ。あの1年の半分以上を休業していた苗場プリンスホテルをバルクの中に入れることを了承したわけだ。まったくのお荷物なら、バルクに含めることを避けたのではないか。

もしかして、彼らには苗場プリンスホテル再生の具体的プランがあるのか。

温泉リゾート「熱海」の復活は他のリゾート地の模範となるのか?

話題を少し変えてみたい。

日本の人口は毎年減り続けている。観光地でもかつての輝きを失ったところは多い。特にかつてのメジャーな温泉地は厳しい環境に晒されている。例えば栃木県の鬼怒川温泉は、昭和の頃には社員旅行のメッカのような存在だったが、今は「廃墟ツアー」の名所として知られている。

そんな中で、見事に復活を遂げた温泉観光地がある。それは「熱海」だ。

昭和の頃の熱海は、ちょっとしたステイタスの観光地。他の温泉地に比べて格式が高く、宿泊料などもそれなりだった。しかし、平成に入った頃から急速に衰退する。年間に訪れる観光客は最盛期の半分までに減少。廃業する有名旅館が続出した。

それらの跡地の多くはリゾートマンションに建て替わった。しかし、リーマンショックでそういったリゾートマンションの資産価値も激減。熱海はオワコンの街、と見做されていた。

しかし、流れが激変したのが2012年。そこを起点として、観光客が熱海に戻り始めた。

今の熱海は「復活した温泉街」として知られる。かつてほどではないにしろ、賑わいが戻った。若者たちにとっても、人気のスポットになっている。

今、熱海の街を歩いても、すれ違う観光客の多くは若年層。彼らはちょっとした小旅行感覚で熱海を楽しんでいる。

「熱海」復活の理由

ではなぜ、熱海は復活できたのか?

熱海市が企画した「ADさん、いらっしゃい」などの起爆剤もあった。しかし、熱海が復活できた最大の理由は、あの街が持つポテンシャルにあったのではないか。

つまり、新幹線で東京から近い。温泉がある。海がある。花火がある。そういったことである。そのポテンシャルは、平成に入った頃から見捨てられていたのである。それを「再発見」させようとするいくつかの試みが成功したのではないか。

「湯沢」は第二の「熱海」「ニセコ」となるのか

そして、熱海に続いて復活できそうな街がある。それは「苗場」と同じエリアにある「湯沢」だ。

今の湯沢は廃墟寸前のリゾートマンション街と言っていい。苗場ではワンルームタイプのマンション1戸が10万円で売られているが、あまり買い手が見つからない。広さや設備だけなら、東京では2億円相当の100㎡住戸が200万円で売りだされても、なかなか買い手がつかない。

3年ほど前に、あるテレビ番組の企画で湯沢のロケに参加した。その時に出会ったスキーのインストラクターカップルは、温泉大浴場付きのマンションで専有面積100㎡の住戸を200万円で購入して、夫婦でゆったり暮らしていると言っていた。

そのスキーカップルのようなライフスタイルで暮らす場合、今の湯沢は天国と言えるのではないか。

「湯沢」にはあって「熱海」にはないもの

この湯沢には大変なポテンシャルが潜んでいると、私は考えている。

湯沢には熱海との共通点がある。まず、東京から新幹線で近い。温泉がある。ここまで同じ。

ただ、湯沢には海がない。しかし、海に変わるものがある。それは「雪」である。

海はどこにでもある。特に東南アジア諸国には日本よりも魅力的な「海」がある。しかし、「雪」はほとんどない。

日本で本州の東半分に住む人にとって、雪はわりあい身近な存在だ。というか、甲信越や北陸、東北以北の人には、雪はかなり厄介な存在だ。

しかし、東南アジアのほとんどの人にとって「雪」は見たことも触れたこともない存在。それは彼らを強烈に引き付ける観光資源になり得る。

湯沢の冬には、雪が豊富に存在する。ただ近年、だいぶ少なくなったと言われている。しかし、それはスキー場の経営面から見た場合だろう。

また湯沢の雪はニセコのようにパウダースノーではない。だからリッチなオーストラリア人のスキー客には好まれないかもしれない。

しかし、東南アジアからのインバウンドは、基本的にスキーをしない。彼らはただ「雪」を見たり、触ったりしたいだけだ。雪合戦やそり遊びが楽しいかもしれない。それには、せいぜい30センチの積雪があればいいのだ。

雪がインバウンド観光客を引きつける

そして、何よりも湯沢には即座に東南アジア方面からの大量のインバウンドを受け容れるインフラが整っている。

現状、湯沢で稼働しているホテルや旅館は限られている。またそういった既存の宿泊施設は、外国からのインバウンドの利用に慣れていないかもしれない。

しかし、発想を変えれば湯沢には大量の宿泊施設に変わり得る存在がある。1戸10万円ヵら50万円でもなかなか買い手がつかないリゾートマンションだ。

一説には湯沢エリアで1万戸以上のマンションが、1年に一度も使われていないという。それらを民泊として活用すれば、すぐにでも年間数十万人のインバウンドを受け入れられる。

湯沢は成田空港から車で2時間ちょっとの近さだ。温泉と「雪」を楽しんだ後は、東京で1泊か2泊して浅草などを巡るツアーの設定も可能だ。

東南アジアの人々でも気軽に楽しめる激安ツアーの設定も可能ではなかろうか。

温泉に「雪」に、東京。それらを格安で楽しむことができる「東京・湯沢」ツアーのポテンシャルは、かなり高そうに思える。

北海道のニセコはリッチなオーストラリア人の人気を集めることで繁栄した。湯沢はアジアからのエコノミーなツアー客を集めることで、復活できるのではなかろうか。

つまり、湯沢には「ジェネリック・ニセコ」としての可能性が秘められているのだ。