マンション管理というのは地味な分野である。
しかし、分譲マンションを所有している限り、いつかは必ず自分にも何らかの問題が
降りかかってくると思った方がいい。
まず、マンション管理とはそもそもなんだと考えればいいのか。
町内会のマンション版なのか、PTAや学校の生徒会に類似したものなのか。
残念ながら、そういったお気軽でほとんど責任を伴わない類の組織ではない。
分譲マンションの管理組合は時に犯罪の舞台となることもある、
本来なら緊張感をもって運営しなければいけない組織なのだ。
例えていうなら市区町村といった地方公共団体に近い。管理組合とは小さな村だと考えればいい。
もっとも、マンションの中には時に何千戸という規模があって、
過疎の村よりも人口が多い場合もある。
我々日本人が市民や町民、村民、あるいは特別区の区民として果たしている
義務や与えられた権利があるように、
マンションの区分所有者にも同様のものがある。
まず、我々は所得に応じて税金を払っているはずだ。マンションの場合なら
区分所有している住戸の面積に応じて
管理費や修繕積立金を払っている。
これは、所得のある市民は必ず払わねばならぬように、
マンションを所有している限り付きまとう義務である。
市区町村だったら首長や議会の議員は選挙で選ばれる。
マンションの場合、管理組合の理事や理事長を選挙で選ぶ場合もあるが、だいたいは住戸番号順の持ち回りだ。
だから、よほど大規模なマンションでもない限り、10年も住んでいれば1度は理事になる順番が回ってくる。
そして、理事長はだいたいの場合「理事の互選」によって選ばれる。
実は、「マンション管理の憲法」ともいわれる区分所有法では「規約に別段の定めがない限り集会の決議によつて、
管理者を選任し、又は解任」できるとなっている。
ただ、多くの管理組合では国交省が公開している「マンション標準管理規約」をベースにした管理規約を採用している。
そこには「理事の互選」によって理事長(区分所有法では「管理者」と記されている)を決める、という項目がある。
管理組合を運営における利権構造
ただ、問題の多い管理組合では特定の人物が長期にわたって理事会を支配しているケースが多い。
この場合、彼らは管理規約の中に理事の選任には「立候補を妨げない」といった規定を後から盛り込み、
自分たちは毎年立候補するようにしている。一般の区分所有者から見ると「あの熱心な人たちに任せておけばいいじゃない。
その分、自分がやらなくてよい」くらいの感覚で受け止める人が大半だ。
しかし、こういった理事長選出や解任方法には問題が多いと私は考えている。
その理由は、理事長が悪意を持って理事会や管理組合を支配して自らへの利益誘導を図った場合には、
これを他の理事もしくは一般の区分所有者が調査して事実を究明したり、
あるいは理事長を解任する手続きに関する定めが現実にそぐわなくなっている。
ほぼ、機能していないのだ。
まず、管理組合の運営というものは市区町村の行政と同じく、利権構造を有している。
例えば、市区町村ならその財政規模に応じて予算を組んで執行できる。
各種の災害対策や道路・水道などを補修したり公立学校の整備、福祉施設への補助金交付など、
行政の予算は幅広い分野に支出される。
ただ市長や村長、あるいは役所の幹部や権限のある担当者が、
特定の業者が受注できるように便宜を図った上で、発注代金の一部を自分に還流させるような事件は、
全国津々浦々で日々発生している。
だから、そういったことを防止したり摘発するための
刑法や地方自治法などの法律が細やかに整備されている。
ところがマンションの管理組合の場合は、そういった理事長の悪意による犯罪行為が
行われているという疑惑が生じた時に、
その解任について定めた法規は区分所有法のみ。
34条2項で全区分所有者の5分の1で集会(総会)の招集ができると定められており、
25条1項により集会の決議によって管理者(理事長)を解任できるとされている。
調査に関する方法などを定めた条項は一切ない。
仮に理事長が管理組合の予算を横領している疑いが濃厚となっても、
一般の区分所有者にできることはただひとつ。
それは全区分所有者の4人に1人以上の賛同者を集めた上で総会を招集し、
そこで理事長解任決議案を賛成多数で可決しないと辞めさせることだけ。
しかし、これはかなり困難だ。
私がコンサルタントとして関わったある管理組合では、6年も理事長を務める人物が
不正を働いている疑いが濃厚であった。
しかし、状況証拠はあっても物的証拠はない。
その理事長は体制側だから自分に不利な証拠は一切開示しない。
市長の疑惑を追及する市民団体に市役所が協力しないのと同じ構造だ。
そこで、前述の34条2項と25条1項に基づき理事長解任を主な議案とする総会を招集した。
すると、その理事長は自らが議長になれることを悪用して、何も知らない区分所有者が
「議長一任」の項目に丸をつけて提出した委任状を行使。
反対多数で自らの解任決議案を否決してしまった。
その時、管理組合の予算で雇われた弁護士も同席し、
理事長が理事長解任を議案とする総会の議長を務めることは
「法律的に何ら問題ない」と説明した。
確かに区分所有法を全文熟読しても、それは違法とは書いていない。
つまり、今の区分所有法は管理者(理事長)の悪意を
まったく想定していない欠陥法規なのである。
マンションの管理というのは利権であり、その運営は政治である。
都心にある誰もがヴィンテージと認める1000戸以上の大規模マンションがある。
建物が完成してから30年以上を経過している。
多くの人が「ここに住みたい」と思うであろう魅力を備えている。
しかし、このマンションの全体管理組合では実質的に
少数の理事が長期独裁的に運営を続けていて、
そのことで様々な問題が噴出していることは、業界関係者の間ではわりあい知られている。
しかし、千人以上に及ぶ区分所有者の大半は、
自分たちが支払っている管理費や修繕積立金が少数の
人々によって恣意的に使われているという現実を理解していないと思われる。
つまり、汚職まみれの市長や市議会・市役所の幹部が支配している自治体において、
市民の多くがそのことに無関心であるようなもの。
市民団体を形成して疑問の声を上げる人々はごく少数派。よほどのことがない限り、
一般市民の支持は集まらない。
マンションの場合はコミュニティが狭いので
疑問や反対の声を上げるとかなり目立ってしまう。
「どうせ今払っている管理費の範囲でしょ」と考えて、「関わらないでおきたい」
という立場を選ぶ人が大半なのだ。
しかし、現実に目をそらしていても、現実は現実だ。自分が区分所有している
マンションの管理組合の運営に関心を持たない、
ということは市民が市の行政に疑問を抱かないことと基本構造は同じ。
違うのは、そのことによる悪影響がどの程度自分に及ぶか、ということだ。
スキーリゾートに立地するとあるマンションで16年理事長を
務めていた人物が修繕積立金を7億円以上横領していた、
という事件が何年か前に発覚した。1戸当たり百数十万円の被害額だ。
そのマンションは、その後資産価値が右肩下がりに落ちていった。
市長が汚職にまみれていると、警察やマスコミ、あるいは市民団体が気づいて
結果的に発覚してしまう場合がほとんどだ。
しかし、ひとり一人の市民が受ける損害は軽微なもの。
一方、マンションの管理組合で不正が行われた場合、各区分所有者は
数百万円から1千万円以上の資産価値下落という損害を被ることになる。
被害額は甚大だ。
だからこそ、各区分所有者は管理組合の運営を他人任せにせず、
積極的に関与すべきだ。
忙しくてそういう時間が取れないのなら、
せめて議事録や予算案、決算を熟読するくらいの関心は払うべきだろう。
市民としての責任は何万分の1だが、マンションの区分所有者としての責任は、
そのマンションの戸数分の1。
果たすべき責任は重く、利害関係が深いことを忘れてはならない。